鉄工ヤスリでナイフを作る。必要なのは、手間と時間と根気と努力・・・ 自作ナイフなんて物好きのやる事だなぁ・・・

2009年9月27日日曜日

出来上がり~

ハンドルを磨いて、刃を付けてやっと完成した。ATS34の約3mm厚だが、結構よく切れる。
親戚に贈呈するつもりなので、マトリックスアイダに行ってきて名前を入れてもらった。
最近ステンシルの制作費用が大幅に値下げされたので、オリジナルのマークを作る事を勧められた。ちょっと考えてみよう・・・(デザインセンスねえからどうすっかなw)
 
 
 
 
 
 
 
はじめてココボロを使ってみたが、まあまあいい感じだ。樹脂分が多いので耐水性がよさそうだ。継目も目立たず出来た。
ココボロは加工性がよく、粘りと硬さも適度にあっていい材料だけど、加工中の臭いが酷いのと切粉を吸うと鼻水が出るのがたまらない・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 
マイカルタが安かったので買ってきた。
細身のナイフなら二本分取れそうだ。
ブラックリネンなのかな?

2009年9月25日金曜日

今はもう秋・・・

あんこにワクチン打ってきた。
もう二回打って、あとは一年おきでいいらしい。
すっかり元気になったが、歩く時に後ろ足の動きが少し変になってる。後遺症でなければいいが・・・
もっとも生きてるだけいいか。とりあえずは歩けるし。
めいと仲良くじゃれあうのだが、たまにめいが突然あんこに噛付く事がある。めいは兄弟と共に育った記憶がないから、手加減がわからないらしい。困ったものだ・・・
 
 
 
 
 
 
 
天高くヌコ肥ゆる秋・・・かw







2009年9月23日水曜日

広島行った

せっかくの連休なので、今度は南の方へ出かけてみた。できたら九州まで行ってみようと思っていたが、広島まで来た所で渋滞にあって挫折した。しょうがないから広島見物をしてきた。
 
呉の大和ミュージアムに行った。
何故に大和なのか?と思ったが、単に戦艦大和誕生の地を記念してというより、大和を造った事により培った生産技術が、戦後の日本の各種工業分野で生かされて、今も脈々と受け継がれている事を語継ぐための意味が大きいらしい。
大和が就役した頃には海戦の主力が航空機に変わり、持てる力を発揮する事無く、最後は無謀な作戦で多くの人命と共に沈んだが、大和や武蔵を造った事は決して無意味ではなかったのだろう。
 
しかしでっかい模型だ・・・
 

 

 

 
  
 
  
 
大和ミュージアムの隣にある海自の資料館にも行ってみた。
退役した実物の潜水艦が展示してある。通称は「鉄のくじら館」と言うらしい。
潜水艦の中は見学できる様になってる。
こんな狭い中で何日も任務に就くのは大変な事だ。
 

 
 
 

  
 
  
 
 
潜水艦の表面って意外とデコボコしてた。表面はもっと綺麗に削って仕上げてあるのかと思ったが、熔接ビードなんかは意外とそのままになっていた。
そう言えばメンテナンス用の蓋みたいなのは無かったみたいだが、エンジンなんかに重整備が必要な時はどうするのだろうか? そのつど外板を切取るのか・・・?
 

 
 
 

 
 

 

 

 
 
 
 
機雷掃海用のブイ。落書きじゃないよな?w
館内は海自の掃海活動や潜水艦の歴史について展示してあった。
 

 

 

 
 

 

 

 

 

 

 
 
折角広島まで来たので、厳島神社に行ってみたかったが、渋滞と日が暮れてしまったので、対岸から眺めただけで諦めた・・・
 

 

 

 
 
 
 
 
 
 

 

 
 

 
原爆ドームに寄ってみた。すでに夜になっていたが以外に人が沢山来ていた。
ライトアップされて幻想的な演出されている。悲劇的な場所である事を一瞬忘れてしまいそうだ・・・
 

 

 

 
 

 

 
 
 
 
 
次の日に江田島を散策した後に、仁方に寄ってみた。国産のヤスリのほとんどがこの地で作られている。
この通りの両側にヤスリ工場が建ち並んでいる。一見普通の工業団地で、何処にでもある町工場の様に見える。知らなければヤスリを作ってるなんて、外からは全く分からない。
壺三の工場が一番大きいみたいだ。
 
 
 

 
 
 
 
 
 
自作スレで評判のいい北岡ヤスリもこの一画にあるはずだと思い出し、周辺をぶらぶらしていたら、「何処かお探しですか?」と声をかけてきたのが北岡ヤスリの若旦那だった。「よかったら見てってください」との事で、工場を見せていただいた。
工場内は大小様々なヤスリの目を切る機械が置かれていて壮観だ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
趣味でナイフを作ってる事を言ったら、色々とヤスリを出してきて見せてくれた。
せっかくだから何本か買ってく事にしたら、色々見ているうちに次々と欲しくなり、結構な本数になってしまった。かなり安くしてくれた上に、有り難いことにB級品のヤスリを数本と柄と真鍮ブラシをおまけしてくれた。
 
色々話をしていたら、上野の深沢ヤスリの深沢さんをよく知ってるとの事だった。仁方にも手切りヤスリを作れる職人さんが、まだ二人ほどいるらしい。
 
最近は材料のSKS8の入手が難しくなっているとも話していた。国産ヤスリの生産量が年々少なくなり、大手の製鋼メーカが作りたがらないらしい。出る量が少ないと商売にならないのだろう。「バリ取りだけなら100円のヤスリで十分だってなっちゃうからね・・・」と嘆いておられた。
 
HPの親父さんはお元気ですか?と聞いたら、この日は奥で昼寝中だった。85歳になる今も元気で働いているとの事。お会いできなくて残念・・・
 
 
 
 

帰る途中に岡山の備前長船刀剣博物館に寄ってみた。
「お守り刀展覧会」が開催されてた。去年東京で開催されてたのを見に行ったのを思い出した。なかなか刀を見る機会なんてないので、この様な展示会はいい機会だ。
 
裏手に鍛刀場と刀職の作業場があり実際に作業しているのを見学できる様になってる。
刃物板大御所の剣氏もここで作業しているらしいが、この日は他の行事で出かけているとの事で会えなかった。残念・・・
この日いた研師のお兄ちゃんがなかなか面白い人で、刀とその背景の歴史雑学が色々聞けて楽しかった。
いつも思うが、地方には意外に素晴しい施設があるものだと感心する。機会があったらまた行ってみたい所だ。
 
 
 
 
  
刀剣博物館の近所にある「備前長船日本刀伝習所」に寄ってみた。
「これから焼入をやるとこだから見てってよ」との事。ちょうどいい時に行ったもんだ。
普通ならなかなか見せてもらえないもののはずだが、たまたまおいら一人だけだったのがよかった。
大勢のお弟子さんが見守る中、まさに真剣勝負といった感じの作業風景だった。
 
この上田祐定刀匠はとても気さくな方で、話もなかなか面白い。自家製鉄にこだわって作刀されていて、砂鉄集めの話は興味深かった。
刀のほかに包丁も作っている。「弟子たちを食わすためにも、自分の生活のためにも、包丁などを作って売らないとやっていけないんだ」と話していた。確かにそうなのだろう。しかし包丁も自家製鉄した鋼で作っているとの事で、値段も思ったほど高くは無い。手間を考えると凄い事だと感心させられた。

2009年9月19日土曜日

インディカー見て来た

有りがたい事に取引先からインディカーのチケットをもらったので、もてぎに見に行ってきた。
インディなんてフォーミュラカーみたいなやつが、オーバルコースをぐるぐる回るって程度しか予備知識がなかったので、一体どんなもんなんだ?と思っていた。
ほぼ一周見渡せるオーバルコースに、隊列がばらけて満遍なくなると、間断なく轟く爆音は凄まじい。ほとんど全開で走るので壮観ですらある。
一周約2.4kmのオーバルを200周するのを見ていて飽きないかと思ったが、途中2度のクラッシュでペースカーが入り仕切り直しになると、そこからの勝負の駆引きがなかなか面白かったりもした。
何km/h出てんのかはわからないが、早すぎてカーナンバーが確認しづらい。見失うと何処が先頭なのかわからなくなる・・・
しかしエンジン・シャーシともみな同じマシンらしいが、上位陣と下位陣の差はなぜこうも出るのだろうか?単に腕の差だけではない様に思うが・・・
 
 
 
 
やってもうた・・・
 
 
 
 
ドナドナド~ナ~♪



















2009年9月18日金曜日

健康っていいね・・・

右手の包帯が取れた。点滴用の接続チューブがまだ付いたままだった。血管に刺すのに、腕の皮膚を少し切って開いていたので、病院に診察に行った時に傷口を一針縫った。
「この子は抱っこすると、大人しくなっていい子ですねw」だって。ヌコによって性格が随分違うものだ。じゅんなんかは触らせてもくれないのだが・・・
包帯が取れて動きやすくなったので、さらに元気に遊ぶ様になった。しばらくウンコが出てなかったので心配だったが、今日になってちょっとゆるいのを大量に出してくれた。とりあえず健康みたいだから一安心だ・・・

2009年9月16日水曜日

帰って来た~

あんこが退院した。先生曰く「三途の川の向うまで行ってきたけど、また帰って来たねw」との事だった。先生も半分ぐらいは助からないと思っていたらしい。
うちに帰って来て、高級猫缶(最近取引先からもらった)を開けたら、ぺろっと食べてしまった。病院のケージの中では緊張して思うように食べれなかったのだろうか?
ケージから出れたのが余程嬉しかったらしく、食べ終ったあとはおぼつかない足取りで動き回り、めいと楽しそうに遊んでいた。
点滴の針が刺さってた右前足に包帯をしているが、すっかり元気を取り戻した様だ。
あんこは体調を崩す直前は約1.5kgあったが、今は1.05kgになってしまった。仔ヌコはあっという間に病気になるから恐ろしい。あんこの兄弟のキジトラが急にいなくなってしまったのも、結構こんな理由なのかもしれない。
 
 
 
 
めいがいなかったら、あんこは助からなかっただろう。
この二匹はまさに血を分けた兄弟になった。
 
しかし治療費がかかったなぁ・・・orz
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
なんだかんだで、一番金がかかってないのがじゅんだなぁ・・・
健康が一番だね。

2009年9月15日火曜日

いつ帰ってくる?

病院から「いつもあげてる餌を持って来てください」と電話があった。安物のカリカリと猫缶しかやってないのだが・・・
今日は忙しかったので、うちのお袋さまに行ってもらったら、ケージの中を動き回り元気よく鳴声もあげていたとの事。まだ点滴を打っているが、少しずつ自分から食べる様になったみたいだ。
うまくすれば明日ぐらいに退院できるらしい。はやく帰って来ないかなぁと、めいも楽しみにしているみたいだ。(あまりいじめんなよ・・・)

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